★初老のソングライター:ケンローのオフィシャルBlogはここです

定年退職した元サラリーマンは、好きな音楽の話と自作曲の制作で余生を過ごすのです。

You Tube チャンネル9曲目「雪景色(Part1,Part2)」を公開しました

 2年目のGW(がまんウィーク)いかがお過ごしでしょうか?

 2021年最初の曲は、もう初夏だというのにタイトルが「雪景色」・・・。本当は2月には完成させるつもりでしたが、仕事が忙しくまたもや古い音声データとの格闘・アレンジのやり直し・アナログ音声でのミスの修正などで、時間がかかってしまいました。 

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愛用のKORG: KROME88 nanoPAD2 SONY:MDR-CD900ST です。

 たまには「歌謡曲」っぽいものもやろうかな・・・と言うわけで、こうなりました。マイナーでアップテンポで暗い歌詞、そしてバックのオケはハードロック(古い!) 。

 更に古さを強調するのが、Part1とPart2の二部構成をメドレーでつなげているところですかね。70~80年代に結構流行りましたし、私が一番好きなChicagoのお家芸みたいなところもあって、現代は誰もやらない手法だと思います。曲全体が長くなっちゃうし(またしても5分超です)でも自分としては切りようがないんです・・・。

 

 ではいつものように、御用とお急ぎのない、暇で暇でどうしようもない方、変なものを見聴きしたがるモノ好きな方、何があっても冷静でいられる方、めったに怒らない気の長い方、5分間耐えて聴いてみていただけますでしょうか。

 よろしくお願い致します。

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またしても、古い音源を再利用しています

  もともとこの曲を作詞作曲したのは1996年、38歳の時です。翌年、ハードディスクレコーダーに録音しておきましたが、今回その音声を引っ張り出してLogicにコピーし、リード・ボーカルとギターの音のみ採用して、他のパートは今回あらためて打ち込んでみました。

 本当は全パートを再録しようと何度も試みましたが、どう頑張ってもあの頃の声のハリが再現できません。コーラスはかろうじて今の声ですが、リードボーカルは39歳の時の私です。

バンドサウンドには、こだわりたいのです

 バックのサウンドはやっぱり70年代です。長年バンドをやってきたのでバンド目線でしか考えられないんですね。もちろん本当は一人でやっている「なんちゃって/ぼっちバンド」なんだけど、むしろバンドのシミュレーションにはこだわりたいのです。 

 現代のPOPSのサウンドは、バックの演奏がパソコンであって、「ひと」を感じられません。それじゃやっぱり味気ないので、人見知りで偏屈で友達のいない私ではありますが、「気心の知れた友人たちとバンドをやってます」の体で、大所帯のバンドをシミュレーションしています。(結局、パソコンですけど・・・)

 

 今回のバンドは、Ds、Bs、LeadG、RhythmG、Key1(Ep,Org)、Key2(Ap,Synth)、WoodWinds(Flute)の7人編成。ボーカルとコーラス1、コーラス2は演奏しながら・・・という想定です。

 ちなみに我がバンドのメンバーは他にPercussin1人、金管1人、弓弦が2人いるので最大11人編成になりますが、曲に応じて編成と人数が変わるのです。・・・あくまでも架空の話ですが。

Logic Pro Xのアナログ音声編集機能 ”Frex” について

 何度か話題にしていますが、それにしてもLogic Pro Xの”Frex”の機能・性能は素晴らしいし、ありがたい! 本当に助かっています。

 巷では「Melodyneのほうが上だ」という声が多いようですし、比較したこともないのですが、アマチュアの私にはとりあえずこれで充分かな。何しろこれはプラグインではなくソフトウェア本体の標準機能なのですから、本体価格の安さも相まってコスパは抜群です。 まだまだ使い込んでいないし!

良く使う機能

Frex Pitch

 ボーカルやベース、リードギターといった単音データの音程(Pitch)を修正できます。私の歌は微妙に半音ずれていることが多いのですが、それをほぼジャストに修正できますから、音程のあっていないコーラスの気持ち悪さを、かなり解消できています。

(それでも気持ち悪いのは、そもそもの声質や発声方法、コンデイションの問題・・・)

 

Frex Time(Slicing)

 ボーカルはもちろん、ギターやBassなどの「アナログ音声」の発音タイミングを前後に移動させることができます。これはもう「魔法」ですね。今回一番意識したのが、打ち込んだDrumsのアクセント(バスドラやシンバル)と他の楽器の発音タイミングを合わせることでした。Frexで解析をかけると、勝手に音声の頭にカーソルを置いてくれます。こちらはDrumsの打点にマウスでカーソルを移動させるだけです。

 この曲では最後に演奏の速度がだんだん遅くなって(リタルダントして)終わりますが、この一切クオンタイズしていない打ち込みDrumsに対して、全体のタイミングを合わせる処理により、バンドの息の合い方が表現でき、スピード感・タイト感が増します。(と言ってもあまり追い込んでしまうと、ヒューマン感がなくなってしまうと思うのでほどほどにしていますが)

 曲の最後でオルガンだけが残る直前、バスドラとBassで「どーん」と一発鳴らしますが、そこが気持ちよくできたので気に入っています。(本物のBandでは、DrumsとBassがアイコンタクトしてタイミングを合わせるんですけどね)

 

 この歳で、自分の曲を演奏してもらうためにメンバーを集め、息を合わせたバンドが作れるわけでもありません。これからも引き続きLogic君にはお世話になりますか。

 

 いつもご視聴頂き、誠にありがとうございます。YouTube上のGoodかBad、またはご感想のコメント、お待ちしています。

 

ではまた。

イーグルス「ベスト・オブ・マイ・ラブ」/Album「オン・ザ・ボーダー」

 ご無沙汰しております。すっかり間が空いてしまいました。もうGW直前・・・。いいかげんE-のINDEXに行きましょう。

 DでDoobie Brothers、Donald Fagen(Steely Dan)の話をしたら、どうしてもEaglesを外すわけにはいきません。

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Eaglesの歴史

 彼らは1971年、リンダ・ロンシュタットのバックバンドとして集まったスタジオミュージシャン達が意気投合して結成し、翌72年にデビュー。

 70年代前半、彼らはDoobie Bros. Americaと共に「アメリカ・ウエストコースト・ロックの3大グループ」と言われ、70年代末までにシングル5枚、ベスト盤を含むアルバム4枚が全米1位を取るなど、大成功を納めました。 

 82年に「一回目の」解散をした後、各メンバーはソロ活動に入りますが、その後97年に再結成し、4つの新曲を含んだライブ・アルバムを発表(またもや全米1位)。コンサート活動を再開します。

 

 その後は毎年のように世界ツアーを繰り返しますが、2004年からは「フェアウェルツアーⅠ」と題した(冗談の)解散コンサートを展開、ライブのDVDも発売し大ヒット。

 そして2007年、28年ぶりに発売した2枚組スタジオアルバムが通算6枚目のNO.1となり、絶大な人気と実力を保ち続け、現在までアルバムのトータルセールスは2億枚を超えるとのこと。

  2016年に中心メンバーのグレン・フライ(Vo,G,Pf)が死去し、正式に解散してしまいましたが、現在ももう一人の主要メンバー、ドン・ヘンリー(Vo,Ds)を中心に再々結成し、グレンの息子であるディーコン・フライや美声のカントリーシンガー:ヴィンス・ギルをメンバーに加えてライブ活動を続けている、レジェンダリーなバンドの一つです。

 

 私は彼らの音楽が大好きなのですが、手放しで全面的に支持できるかと言えば、そうではありません。嫌いな部分もあり、好きと嫌いが混在しています。今回Blogに書くまで時間がかかってしまったのもそれが一因で、自分の中でどう評価するか・お薦めをどれにするか、迷ってなかなか決められなかったからなのです。結局、一番のお勧めアルバムはこれになりました。 

境界線上のアルバム

 さてこのアルバム”On The Border”は、彼らがデビュー3作目にして、大きな転換期:境界線の上に居た(線を越えた)ことを象徴している1枚です。

 

 一つの大きな出来事は、プロデューサーの変更でした。彼らをデビュー以来担当していたイギリス人のグリン・ジョンズを2曲完成した段階で解雇し、アルバムの途中からアメリカ人プロデューサー:ビル・シムジクに変更。

 そしてもう一つ、このアルバムからメンバーチェンジが始まるのです。

 当時のメンバーは、グレン・フライ(Vo,G,Pf)、ドン・ヘンリー(Vo,Ds)、バーニー・レドン(Vo,G)、 ランディ・マイズナー(Vo,B)の4人でしたが、この頃からグレンとドンの二人がソングライティング・チームとして確立し、バンド全体のイニシアチブを取るようになります。

 そして2人はバンドを、アコースティック楽器中心の「カントリー・ロック」バンドから、エレキ・ギター中心の「ロックンロール」バンドとして変貌させるよう動き出します。

  アルバムにはセッション・ギタリストとしてドン・フェルダーが参加し(M9 GoodDay in Hell(地獄の良き日)のスライドギター)、その後正式メンバーになります。これがきっかけで、これまでリード・ギタリストとしてEaglesのカントリー要素を強力に担っていた、バーニー・レドンの立場が危うくなって行きます。

 

 次の4枚目のアルバム”One Of These Nights”(呪われた夜・1975年)を発表した後、バーニーは脱退。入れ替わりのギタリストとしてジョー・ウォルシュが加入(Bill Symzykの紹介)、そしてジョーとドン・フェルダーは、その更に次のアルバムHotel Carifolnia”(1976年)で、重要な役割を果たすことになるのです。

(しかし2000年になって、ドンはバンドから突然解雇されてしまうのですが) 

お薦めの曲

M1 Already Gone

 彼らの人気を決定づけたデビュー曲”Take It Easy”の流れを組む軽快なロックナンバー。グレン・フライの友人のシンガーソングライター、ジャック・テンプチンの曲。

M4 My Man

 バーニー・レドンのペンによる、人懐っこいメロディのカントリーフレーバー溢れる曲。バーニーの弾くペダル・スティールギターをふんだんに味わうことができます。

M7 Ol' '55(懐かしき55年)

 「酔いどれ吟遊詩人」こと、トム・ウェイツ作の味わい深い曲。トムのだみ声とは違い、グレンのソフトな声と、ドン・ヘンリーの少しハスキーなハリのあるハーモニーが秀逸です。

M8 Is It True?

 これはBassのランディ・マイズナーの曲。コーラスのハーモニーが耳に残ります。

M10 Best of My Love(邦題:我が愛の至上)

 ビル・シムジクのプロデュースによる、彼ら初の全米NO.1ヒット。味わい深いメロディは、曲作りに参加したJ.D. サウザーの手腕だと思います。惚れ惚れする至上のコーラスワークも聴きものです。 

Eagles の他のアルバムと音楽の変遷

■1972年 Eagles First

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 デビュー当時の彼らは、さわやかでしかも分厚いボーカルハーモニーが特徴の「カントリーロック・バンド」でした。それは創設メンバーの一人、バーニー・レドン(ギター、バンジョー、スティール・ギター、マンドリン)や、友人のシンガーソングライター:ジャクソン・ブラウン、J・D・サウザーらによるものが大きかったようです。 

お薦めの曲

M1 Take It Easy 

 カリフォルニアのさわやかな風とともに颯爽とデビューを飾ったヒット曲。全米第12位まで上がりました。

M2 Witchy Woman (魔女のささやき)

 ネイティブ・インディアン風のアレンジが感じられる怪しいムードの曲です。後年の「呪われた夜」や「ホテル・カリフォルニア」との共通点も聞こえるような気がします。この曲の「魔女」とは、リンダ・ロンシュタットのことという説があります。こちらは全米9位。

M9 Peaceful Easy Feeling

グレンのヴォーカルがホッとする、穏やかで楽な気持ちになれる曲です。全米22位。 

■1973年 Desperado (ならず者)

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 西部開拓時代に実在したギャング団・ダルトン一家をテーマにしたトータルアルバムで、彼ら自身がギャングに扮しています。

 アルバムの裏ジャケットでは、全員が保安官に逮捕され、地面に並べて横たえさせられている写真になっています。(6人が縛られていますが、サポートメンバーのジャクソン・ブラウンとJDサウザーも一味に加わっているんですね)

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 全体的には地味でこれと言ったヒットは出ませんでしたが、味わい深い曲が多いセカンド・アルバムです。 

お薦めの曲

M4 Tequila Sunrise

 これは酒に弱い私には当初分かりませんでしたが、テキーラベースのカクテルの名前なんですね。

 バーで働くウェイトレスの女性にあこがれを抱きながらも相手にされず、仕事でも大した成功をつかめずに去ってゆく男・・・そんなドラマが垣間見える一曲です。グレンの温かみのあるボーカルが素敵な一曲。

M5 Desperado(邦題:ならず者)

 シングルカットはされませんでしたが、後に多くのアーティストからカバーされてスタンダードナンバーとなった曲です。

 自由と富を求めた余りの非道の末、犯罪を犯して監獄に入れられた「ならず者」に対し、「今の自分の境遇を正直に認め、人の愛を受け入れろ」と諭す内容が淡々と歌われます。

 哀愁のあるピアノのイントロや流麗なストリングスが美しく、彼らのコンサートの終盤で必ず歌われる名バラードです。

M9 Saturday Night

 カントリー/フォークのサウンドとワルツのリズムが心地よい曲。ドン・ヘンリーがドラムスではなくアコギを弾いて歌っています。実らなかった恋の思い出に執着している男の歌。

M10 Bitter Creek

 アコースティックギターとコンガの演奏にコーラスが乗っかる構成で、当時のライバルバンドAmericaにも似たサウンドです。ビター・クリークとは、ダルトン一家の一員だった男の愛称だったそうです。

 ■1975年 One Of These Nights (呪われた夜)

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 この4枚目のアルバムでは、J.D.サウザージャクソン・ブラウンは参加していません。代わりにドン・フェルダーのギターが大幅にフィーチャーされ、ソリッドなロックへと大きく舵が切られます。結果としてタイトル曲のシングルとアルバムが共に全米NO.1に輝きます。

 インストゥルメンタルM4 Journey of the Sorcerer(魔術師の旅)で一人バンジョーを弾き、グループ内で唯一カントリー/ブルーグラスの要素を担っていたバーニー・レドンが、このアルバムの後ツアー中にメンバーと不仲になり、突然脱退してしまいます。 

お薦めの曲

M1  One Of These Nights(呪われた夜)

 ベースとギターの低音部のグリッサンドのフレーズが印象的な曲。ハイトーンのコーラスも耳に残ります。全米1位。

M3  Hollywood Waltz

 得意のPOPなワルツ調の曲。歌詞はハリウッドの退廃をテーマにしていて、“Hotel California”のモチーフの発端になった曲と言われているようです。

M5  Lyin' Eyes(いつわりの瞳)

 全米2位とグラミー賞Best Pop Vocal賞を受賞した曲。グレン・フライが甘い声で、金持ちのオヤジと暮らしながら若い男と浮気を重ねる女性を諭す歌詞を歌っています。

M6  Take It to the Limit

 ベースのランディ・マイズナーがリード・ボーカルを取った曲。ゆっくりした3拍子のリズムなのに歌詞は「もう一度、ハイウェイで限界時速まで走ろう」と歌っています。実際にはすっかり疲れて今は走れないということを表現している、そんなダルでスモーキーな雰囲気が漂う曲。全米4位。

M9  I Wish You Peace(安らぎによせて)

 アルバムの最後を飾る、安らぎを感じさせてくれる曲です。作詞とリードボーカルはバーニー・レドン。でも脱退前の最後の曲で「君(君たち)の幸せを祈る・・・」なんていう歌詞は、偶然なのかなんなのか、複雑な後味が残りますね。 

■1976年 Hotel California

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 これは彼らの最大の問題作であり、商業的には頂点を極めたアルバムです。

 内容は60年代からの若者の理想郷としての「花のサンフランシスコ」「夢のカリフォルニア」幻想の終焉、ドラッグ禍も含めた「カリフォルニア=ハリウッドの退廃」がテーマの、トータルアルバムになっています。

 メンバーは、バーニー・レドンの後任のギタリストとしてジョー・ウォルシュが加入。更にソリッドなギターロックの要素が大幅に注入され、タイトル曲ではドン・フェルダーも作曲に参加して、ジョーと共にインスト部分を担っています。 

お薦めの曲

(タイトル曲は好きじゃないので、私はお勧めしません)

M2 New Kid in Town

 JDサウザーが曲作りに復活しグレンがゆったりしたボーカルを聞かせてくれる、メキシカンなリゾート感覚漂う名曲です。しかし内容は、「新しく出てきた若者はみんなの噂の的になるけれど、また別の新人が出てくればすぐ忘れられてしまう・・・」といった内容で、ハリウッドのショウビズ界を皮肉たっぷりに歌ったもののようです。

M7 Pretty Maids All in a Row

 ジョー・ウォルシュが珍しくピアノを弾きボーカルを取っているバラードです。幼くして亡くなった自分の娘に語り掛けている曲。歌い出しの”Hi there, how are 'ya? It's been a long time”で一気に涙があふれそうになります。ジョーは情の深い(ダジャレではありませんよ)良い奴だな!

 

 しかしバンドにとって不幸だったのは、今作があまりにも売れてしまったことでした。プロモーターは大規模なコンサートツアーを連続して組み、また次のアルバムでは更に「売れる」ことを求めるようになり、バンドはプレッシャーに苛まれて行きます。

 77年、大規模ツアーのストレスやメンバー同士の仲違いにより、ベースのランディ・マイズナーが脱退。後任に元Pocoのティモシー・シュミットが加入しますが、それまで毎年作って来たアルバム制作もうまく行かず、次作まで3年を要することになりました。 

■1979年 The Long Run

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 ファンが待ち望んでいたこのアルバムは、その注目度の高さから全米1位となり、タイトルシングルも1位。他にも2曲シングルカットされヒットしましたが、アルバム全体の印象は重くトータル性もなく散漫で批評家の評価も低く、メンバーの仲も最悪となり80年に活動停止、結局82年に彼らは解散してしまいます。 

お薦めの曲

M1 The Long Run

 in the Long Runと言うと「長い目で見れば(結局)」という慣用句になるんですね。グレンのR&B趣味が強力に出ていて、アル・グリーンが歌ってもおかしくない感じ。全米8位。

M2 I Can't Tell You Why(言い出せなくて)

 ティモシー・シュミットの作・ヴォーカル。この程度暗い曲のほうが、ティモシーの根アカすぎる声にはちょうどいいかも。若い頃バンドでコピーしました。シンセ・ストリングス(今で言うシンセパッド)の使い方のお手本のような曲。

M6 Heartache Tonight

 後ノリのリズムが心地よい、緩めのシャッフルビートのロックンロール。曲作りにこっそりボブ・シーガーが参加し、コーラスもしているようです。全米1位のヒット。 

■1997年 Hell Feezes Over

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 その後97年、MTVの誘いによって彼らは再結成。新曲4曲を含んだライブ・アルバムを発表し(全米1位)、アンプラグドをメインにしたコンサート活動を再開します。

しかし2000年、バンドはギターのドン・フェルダーを突然解雇。これは裁判に発展しました。 

■2007年Long Road Out Of Eden

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 13年ぶりに発表され、世界の音楽ファンをあっと言わせたのが、この2枚組20曲入りのスタジオ盤でした。全米全英共に初登場第1位の快挙。

 そこには、この長いブランクの間まるで何事もなかったかのように、あの往年のEagles Soundが展開し、鉄壁のハーモニーが復活していました。

「エデン(=楽園:昔のカリフォルニアのことでしょうか?)の外の長い道のり」のアルバムジャケットでは、ひたすら砂漠が広がり、4人がひたすら歩き続けている写真が掲載されています。「俺たちはこれからも、命の続く限りオアシスを探して歩き続けるのさ」というメッセージだったのでしょうか。

 たどり着いた海岸では、海底油田の掘削が行われていましたが、そこはオアシスとは程遠いもののようです。

 

 現在のところ最終である、このスタジオアルバムでは、彼らも歳を取ったのか、アップテンポのギターロック色は薄まり、昔のようなハーモニー重視の、落ち着いた印象的なメロディの曲がたくさん入っていて、アルバム通して違和感なく聴ききることができます。円熟の境地と言うのでしょうか。でも彼らは最初から、この表現力は携えていましたが。 

お薦めの曲

M8  No More Cloudy Days

 雲が晴れ、明るい日差しが差し込んでくるかのようなイントロがさわやかな一曲。グレンが相変わらずの優しいタッチで、別れた恋人に「もう一度やり直そう。二度とこんな曇り空みたいな憂鬱な思いはさせないよ」と歌う曲。これをシングルカットしなかったのは何故なんでしょう? 絶対ヒットしたはずなのに。

ちなみに邦題は「明日はきっと晴れるから」。そうじゃないんだよなー。

M9 Fast Company

 Blackな香りのプンプンするSoul寄りの曲。Brassも入り黒人ぽくファンキーな、アルバムの中では異色の曲。

M19  Center Of The Universe

 このアルバムの国内盤では全曲に邦題がつけられていますが、どれも最低で、無いほうが良いものばかりでした。一番ひどかったのはこれ。なんと「宇宙の中心で愛を叫ぶ」です。明らかに、昔の彼らと彼らのファンを知っている世代ではない人が担当したんでしょう。

 この担当者にとっては「セカチュー」が先で、このアルバムが後だったのかもしれませんが、このスタンスの人に洋楽を扱わせるべきではないですね。もし知っていたとしても、「セカチュー」で感動した層にEaglesを売り込もうという感覚に無理があります。 

 曲を一回でも聴けば「叫んでいない」ことはすぐ分かるはずだし、そもそも「ここは宇宙の中心じゃ・・・ない」と歌っているんだけど。

 日本のレコード会社もその中のスタッフも、世代が変わって人材不足になっていたのかもしれませんが、このころ既に日本で、洋楽が廃れていたということの証拠だったのかもしれません。

M20 It's Your World Now

 最後はグレンさんのマリアッチ・ミュージックで、人生を謳歌しながら終わりましょうか。

 カリフォルニアで夢破れ、ブルースを歌いながら砂漠のような街を歩き続けてたどり着いたのは、太陽が降り注ぐメキシコだった・・・というオチだったのでしょうか? 

最後に:Eaglesに対する個人的で身勝手な意見

 正直勝手ながら、私はHotel Californiaという曲は好きじゃありません。そもそもレゲエのリズムが嫌いだし、ギターの音の洪水(13回も音を重ねているそうですが)は、とげとげしいばかりで聴きづらく、そして何といってもその歌詞の中で、「花のサンフランシスコ」や「夢のカリフォルニア」幻想を暴露してしまったことが大きなショックなのでした。

 そのことの意味や後年におけるアメリカPOPS界全体への影響を考えると、何度聴いても後味の悪い思いを感じてしまうのです。

 

 それは例えて言うなら、「プロレスの試合には筋書きがある(八百長だ)」と暴露したような、そんな反則技的な「それを言っちゃあおしまいでしょう?」という感覚ですかね。今まで自分たちで築いてきたものを自ら壊す「ちゃぶ台返し」をされたような、虚脱感に苛まれてしまいます。(それが狙いだったのでしょうが)

 

 また私は、あいにくですが彼らのギター・ロック系の曲は好きではありません。初期のプロデューサー:グリン・ジョンズと同様、イーグルスはアコースティックなハーモニーを中心にした「カントリー/フォーク・ロック」のバンドとして活躍を続けてほしかったと思っています。

 なぜなら彼らのこの個性は他に比類・追随するものが無い、世界最高峰のクオリティであり、当時、ギター中心のロックバンドなど、ウエストコーストにはどこにでもいる時代でしたから、なにもイーグルスでこんな演奏を聴かなくても良かった、と思うのです。

  どちらかと言えばさっぱりしたものが好きな私には、ジョー・ウォルシュの奏でる音楽は、血の滴るビフテキのような脂ぎったものに思えてなりませんでした。

 もちろんこれは好みの問題にすぎません。個人的に何の恨みもありませんし、彼はきっと好人物だと思うのですが、曲が始まるや否や食欲が失われてしまうのです。残念ですが。

 私は実は、本当のイーグルス・ファンではないのかもしれませんね。

 

 長くなりました・・・。最後までお付き合いありがとうございました。

 

ではまた。

やっちまいました・・・

 長い間ブーム型のマイクスタンドを使っていましたが、なんと肝心のブームのジョイント部分を破損してしまいました・・・。

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 これを見た方は「えっ?こんなに華奢なのっ?」と思うかもしれませんね。そう、安物だったのです。

 このマイクスタンドは、大昔、私が高校生だったころ、秋葉原の高架下のパーツ屋さん街で見つけた、当時最安値のスタンドでした。価格は6,000円(安かった!)。アルバイトで稼いだお金で買いました。

 

 当時、どんなに安くてもブーム型のマイクスタンドは15,000円位していました。もちろんすべて日本製。まだ「中国製」なんて概念が無い時代です。

 その頃、日本は原材料を外国から輸入しては製品にして輸出し、手間賃で外貨を稼ぐ「加工貿易」の国だったのです。(小学校の社会科の時間に習いました)

 今とはまったく時代が違いますね。もう50年近くも前の話。まだ「経済の空洞化」も「デフレ経済」も「バブル」も「平成大不況」も起きるうーんと前。マイクスタンドは高価でした。

 バンド用のリハーサルスタジオでも、スタンドのレンタルは別料金だったので、それを節約するために買ったのです。後でスポーツ用品店で野球のバットケースを買い、それにスタンドを入れて、担いでスタジオ入りしていました。なんというみみっちい活動だったのでしょうか・・・!

 

 この製品のブランドはSAITO(サイトー)と言いました。今はnetで検索しても出てきませんね。どこかの町工場だったのかな。・・・そんな最安値のものを50年も愛用されたんじゃ、メーカーさんも営業していけないですよね・・・。

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今後はこうして、まだまだ使いますし。

 現在ブームマイクスタンドは、某Sハウスさんのおかげで、2,000円位で立派なものが通販で買えるようです。大したものだなあ。「昭和は遠くなりにけり」だな。

 

ではまた。

アメリカン・パイ/ホーム・フリー(フィーチャリング ドン・マクリーン)

 もう3月も一週目が過ぎようとしていますね。すっかり書き込みをおろそかにしていました。今までの流れからすれば、本来E-から始まるアーティストをお薦めするところなんですが、この度どうしてもお知らせたいことがあって書きました。

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 以前おすすめしたDon Mcleanが1971年に放った名曲"American Pie"を、若手のアカペラ・グループ"Hom Free"が、アカペラでドウーワップのアレンジをして、そしてDon本人とコラボして歌っていることをYou Tubeで発見したのです。

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  Home Free は2007年に結成、2014年にメジャーデビュー。既に7枚のアルバムを発表し、主にカントリー・チャートをにぎわしていますが、アカペラだけでなくバンドとしても楽曲を演奏しています。

 

 それにしてもこの粋なアレンジ! 聞きほれてしまいます。いーなー♬

 フィーチャーされたDonは、現在76歳。でも声はハリがあって少しも衰えていません。Home Freeの面々も、テクニック・発声共に最高、この上なくスイートです。

 やっぱりこの曲は、今も色あせない名曲です。

 

 そしてこの演奏は、「メロデイ・リズム・ハーモニーが、音楽の三要素」だということを、改めて思い出させてくれるパフォーマンスです。

 何度でもリピートしています。

 

ではまた。

デュア・リパ「レビテイティング」/Album「フューチャー・ノスタルジア」

 おじさんはいつも昔のアーティストの、古い曲ばかりを聴いているイメージかもしれませんが、実は毎週、テレビ神奈川 Billboard Top 40 で最新のヒットチャートもチェックしています。本当は時代もジャンルも関係なく、とにかく良いメロディが聴きたいのです。

 D-から始まるアーティストの最後は、今年大活躍したDua Lipaを推しましょう。

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 彼女は1995年、ロンドン生まれの25歳。ファッションモデルでありシンガーソングライターでもあるんですね。複数の才能を持って生まれた若者が成功するのは、見ていてうらやましい限りです。

Dua Lipaの音楽性

 2017年に"New Rules"がヒットした時は、「変なメロディの曲だな」と思っていましたが、このセカンドアルバムでは、全体に70年代のディスコ・ミュージックを彷彿とさせるサウンドが展開し、ラップは少なくメロディアスな曲調が続きます。

 ノリの良さ、メロディの分かりやすさ、彼女の贅肉のない声質も合わせて、聴いていてとても爽快です。捨て曲はありません!

 

 しかし昔のディスコ・サウンドと大きく違うのは、バックのオケがドラムとベースを基調に、とてもシンプルでコンパクトにまとまっていることです。(全てPCベースのサンプラー音源を利用し、プログラミングされたものです)

 昔のディスコ・サウンドによくある「絢爛豪華なストリングス」はほとんど出てきません。場面によってはDsとBassだけで歌っているところもあり、ストイックで贅肉が無い、オーガニックなイメージも、とても現代的で清々しいものです。

メディアとアーティストについて

 今年私が良く聴いたのは、男性ならPost Malone、女性はDua Lipaでした。しかし両方とも、もうCDは購入していません。Spotifyを利用し、net上でいつでも何度でも聴くことができるので、もはや「所有する」必要が無くなりました。

 少しの間広告が入ることを我慢すれば、無料です。つまりラジオと同じ。更にラジオより良いのは、余計なしゃべりがかぶされて曲が邪魔されることなく、完全な形で全曲聴けるということ。

 すごい時代になりましたね。どこかの本で「誰が音楽を無料にしてしまったんだ」という論調がありましたが、ホントその通りですね。

 

 アーティストの側は、完全に無料で音楽を提供しているのでなく、「所有したい」リスナーのダウンロード料と、無料リスナーが聴く広告の料金で収入を得ているわけですね。

 リスナーにとってみれば、より低コストで多くの音楽に触れる機会が広がって、より良い世界になったと言えますが、アーティスト側からすれば、「ヒット曲を作り続けなければ、極端に収入が減ってしまう時代になった」と言えるのではないでしょうか。

 

 すると何が起こるのかと言えば、余分なコストをかけられなくなるわけで、まず職人芸の楽器プレイヤーを雇う余裕がなくなります。コーラスも自分でやるようになる。自然とソロアーティストの時代になって行くわけです。しかもマルチタレントでなければならない。

 昔のような、「ドラムなら誰」とか「スティールギターの名手が参加している」なんていう世界はもう永久に終りということですかね。音楽から、アンサンブルという概念が無くなりつつある、そんな流れでしょうか。 昔から音楽を聴いているおじさんには、その辺が寂しいところです。厳しい時代ですね。

 

 日本だけは未だに、大人数で・ユニゾンで歌う(コーラスができない)「群舞」のグループや、昔ながらの「バンド」(本当は正規メンバーだけでは自分たちの曲を演奏できないが)など、低レベルの音楽アーティスト(実は芸能タレント)達が幅を利かせている状況ですが、いずれ日本の音楽シーンもそうなって行くのでしょう。

 

  ではまた。皆さん良いお年を。来年もよろしくお願い致します。

You Tube チャンネル8曲目「もっと素直になればいい」を公開しました

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この曲の制作時の、私の MAC mini での Logic Pro Xの画面です

 以前の書き込みで「年内あと一曲リリースします」と、つい調子に乗って書きましたが、結局クリスマスにも間に合わず、最終週になってしまいました。

 でも何とかぎりぎり「仕事納め」に間に合わすことができました! 今年5曲目! やったー。

 

 いつものように、御用とお急ぎのない、暇で暇でどうしようもない方、変なものを見聴きしたがるモノ好きな方、何があっても冷静でいられる方、めったに怒らない気の長い方、またもや5分間になってしまいましたが、耐えて聴いてみていただけますでしょうか。

 よろしくお願い致します。

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学生時代に作った曲

 私の曲はいつも古めかしい・古臭いものばかりですが、特にこれは一番古く、1978年:私が20歳の学生のときに作ったものです。なんと42年もの。(-。-)y-゜゜゜

 

 当時の日本では欧米のロック・ミュージックが全盛で、エレキギター少年たちはこぞって、3大ギタリスト(Eric ClaptonJimmy PageJeff Beck)やプログレやハードロック系(Steve HaweやらRichie Blackmoreやら)などの曲を弾いていましたし、日本人アーティストに目を向けるフォーク系のアコギ少年たちは、松山千春とかガロとか・・・(後はよく分からん)

 とにかく私のような趣味は異端すぎたらしく、こんな変な曲を一緒に演奏し歌ってくれようなんていう友人はいなかったので、頭の中にずっと仕舞い込んでいたものです。(歌詞も、そんな状況をモチーフにしています)

 30歳の頃(90年頃)に一度音にはしましたが、今回、現代のソフトウェアの力を借りて、ようやくほぼ思い通りのアレンジを加え、作品にすることができました。

 

 この曲を作るインスピレーションの元になったのは、実はSANTANA(サンタナ)です。1972年のあの名盤「キャラバンサライ」と翌年の「ウェルカム」が大好きで、その2枚のアルバムの曲をもっと聴きたくて、似たような曲を作ろうと思ったのがきっかけです。(サンタナをやろうなんて言う友人は、もちろんいませんでした)

 もちろん、「サンタナらしさ」はほとんど感じられません。もっとマイナーコードも絡めないといけないし、そもそも才能もテクニックも何もかもが違います。軽~いモノマネ程度でした。

音の数が今までで最大 

  • バンドセクションはドラム・ウッドベース・エレピ1(コード専門)・エレピ2(オブリ専門)・アコーステイックギター・エレキギター(リード)・シンセパッドの7楽器。(ギター2本以外はすべて打ち込みです)
  • パーカッション隊は、コンガ・ボンゴ・ティンバレス・クラベス・カウベル・シェイカー・マラカス・ベルツリー・ハンドクラップの9種類。こちらもすべてシンセ音源の打ち込みです。 
  • ボーカルセクションは、リードボーカル、テーマ部分のコーラス3声、終盤のスキャット2声の合計6声です。例によって、ソフトウェア上で音程の修正をしまくりです。

アレンジとミキシングについて

 曲自体は大昔に作ってありアレンジも過去にほとんど決定済みでしたので、早い段階でラフな全体像はできていました。(そのため、つい「年内には完成」と言ってしまったのですが)

 11月後半からほぼ1か月半、ボーカル録音(例によって20テイクづつくらい録りました)と音程の修正、各音源の音質(音色)、エフェクト、コンプレッサーとリミッターの調整、ミキシングの左右の定位と音量バランスの調整などに多くの時間を費やしました。

 合計22種類の音をコントロールするのはなかなかしんどいものでしたが、その代わりとても楽しい作業でした。

 今年一年ありがとうございました。

  今年はコロナのおかげで仕事が減り、肩のケガで引きこもり、たっぷり時間ができた結果、年間5曲を完成させることができました。 これは大きな前進!

(完成度についてはまた別の話・・・)

 年明け2月には私も63歳になり、いよいよ「特別支給の老齢厚生年金」の対象になります。来年がどうなるのかさっぱり見通しは立ちませんが、今年1年でそれなりにノウハウも身につき作業効率も上がってきましたので、来年も4~5曲程度を目標に頑張って行こうと思います。

 

 このBlogをいつも読みに来ていただき、曲を聴いていただける皆さま、1年間お世話になりました。来年もどうか、お付き合いを宜しくお願い致します。

 

皆さま良いお年を。

 

ではまた。

 

ドクター・バザーズ・オリジナル・サヴァンナ・バンド「シェシェ・ラ・ファム/セ・シ・ボン」/Album「ファースト・アルバム」

 D-から始まるアーティストはビッグタレントばかりですが、たまには変わったところもお勧めしましょう。これは1976年に発売された、彼らのデビューアルバムです。

 デビューシングルの”I'll Play the Fool”は全米チャート80位に終わりましたが、2曲目の”Cherchez La Femme”(邦題:あの娘を探せ)は27位、アルバムも最高22位、後にゴールドディスクになっています。

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このアルバムは1991年に初CD化されました。

メンバーについて

 このバンドは1949年生まれのストーニーJrと1歳年下のトーマスのブラウダー兄弟(異母兄弟)を中心に、1974年にニューヨークのブロンクスで5人編成で結成されています。

 兄が作曲/ギター/ピアノ、弟が作詞/ベースを分担していますが、その他はVibeとドラム、パーカッションという構成。看板ボーカリストはふわっとした歌い方が魅力のコリン・デイ嬢です。

 そしてバックのオーケストラ・アレンジは、フォー・シーズンズの前身であるフォー・ラヴァーズでベーシスト兼アレンジャーだったチャーリー・カレロが、ストーニーと共に担当。

 

 ジャケットのイラストで、鶏のお面をかぶって指揮棒を振っているのはストーニーと言う説もありますが、私はチャーリーではないかと思っています。

 ストーニーはイラストでちゃんと顔が描かれていますし、正式メンバーではないチャーリーは顔を出せない。しかしとても重要な部分を担っているので、敬意を表して姿を描いたのではないか・・・と考えますが、どうだったのでしょう。

サバンナ・バンドの音楽 

 彼らの音楽性はムラート・ミュージックと呼ばれ、1930~40年代のキャブ・キャロウェイあたりのビッグバンドジャズ(キャバレー、ダンスホール系のブラスバンド・ミュージック)に、カリブ海周辺のヒスパニック系の要素とディスコ・サウンドなどをミックスしたもので、全編にトロピカルで「シュガーコーテッド」な、限りない甘さをたっぷりと含んだ、ノスタルジックな「魅惑のポップス」と言えるものです。

 私はビッグバンドのスイングJAZZが大好きなので、このバンドも大好きなのです。

 

 そしてこのバンドの音楽性は、私が(勝手に)敬愛する加藤和彦氏も注目していました。

加藤和彦さんは、フォーク・クルセダースやサディスティック・ミカ・バンドなどで活躍された、日本のPOPSの先駆者として有名な、あの方ですね)

 奇しくもサバンナバンドのデビューと同じ1976年、加藤氏がソロで歌ったヒット曲「シンガプーラ」には、既に近い雰囲気を感じますし、78年、加藤氏の作曲で竹内まりやさんが歌ったデビューヒット「戻っておいで私の時間」は、アレンジがもろにパクリなのですね。この曲はサバンナ・バンドのアルバムに入っていても何ら違和感がない状態でした。

 私は当時その曲を聴き「加藤和彦氏、やりやがったな」と思ったものです。(当時は敬意もへったくれもありませんでした)きっと、彼らをリスペクトしていたと思います。

お薦めの曲(捨て曲はありません)

M1 I'll Play the Fool

 SAXのアドリブからJAZZ曲が始まるのかなと思うと、いきなり古き良きハリウッドのミュージカル映画のようなイントロ・・・すぐにサバンナバンドの世界観に引き込まれます。「楽しい旅路を・・・」とナレーションが入りそう。             

M2 Hard Times

 映画の主人公の回想シーンが始まるようなイントロ。素敵なアレンジです。名前はハードでも曲調はあくまでもまろやかです。             

M3 Cherchez La Femme / C'est Si Bon       

 前奏が始まるだけでわくわくします。何とも言えない頼りないメロディとボーカル・・・。でもそこがいいんだなあ。後半のビブラフォンもいい感じです。 

M4 Sunshower

 子供たちの声のコーラスが牧歌的な雰囲気を醸し出していて、心が洗われる気がします。「アフリカの盆踊り」と言った感じのリズムがうれしい一曲。でも裏にJAZZっぽいピアノやハリウッドっぽいストリングスも流れているんです。このミクスチャー感覚! クセになります。 

M5 We Got It Made / Night And Day

 そして盆踊りは続く・・・「ゴキゲンな」という表現がぴったりな、楽しいリズムです。思わず体が動いてしまいます。これがシングルカットされても良かったんじゃないかな。

M6 You've Got Something / Betcha' The Love Bug Bitcha'

 このリズムは・・・ドドンパじゃないか? バックのブラスバンドが、粋で小気味のいい演奏を繰り広げます。幸せな気分になれる曲。 

M7 Sour & Sweet / Lemon In The Honey

 「戻っておいで私の時間」のバッキングアレンジは、この曲が元になっているのではないかと思います。ちょっとディスコっぽくもあるリズムです。楽しい!

セカンドアルバム

1978年  ”Meets King Penett”

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ファーストとほぼ同じ雰囲気で展開します。少しJAZZ寄りかな。こちらもお勧めです。

ちなみに

 弟のトーマスは後にオーギュスト・ダーネルと名乗り、キッド・クレオール&ココナッツを結成しています。こちらはサバンナバンドとは違い、音楽性はかなりファンクよりのエネルギッシュなものになっています。

 このバンドが、カールスモーキー石井さんの「米米クラブ」に大きな影響を与えたことは有名です。ジェイムス小野田さんの初期の衣装は、「鶏面の指揮者」のイメージからヒントを得ていたような気がします。

 

 サバンナバンドのストーニー氏は2001年に死去されていますが、オーギュスト氏は現在70歳を過ぎても元気そうで、ココナッツは現在もライブを中心に精力的な活動をされているようです。

  でも、やっぱりサバンナバンドとは違う音楽です。あの世界観を、どこかで誰か復活させてくれないかな。今の若いミュージシャンに、あの時代の「記憶」を求めても無理なのでしょうが。

 

ではまた。