★Kenro Songs/旅と料理と音楽と

前期高齢者となった元・正社員サラリーマン(現在はパートタイム契約社員)は、旅と料理と好きな音楽の話と、オリジナル曲の制作で余生を過ごすのです。

ドナルド・フェイゲン「I.G.Y.」/Album「ザ・ナイトフライ」

 さて今回はDonald Fagen先生をお薦めであります。彼は言わずと知れたバンドSteely Danのリーダー/コンポーザー/キーボーディスト/ボーカリストです。

 なぜ「先生」と付けたいかと言うと、彼の作った音楽が、同世代から後発のミュージシャンに与えた影響力、そしてポピュラー音楽界全体に与えた歴史的価値が、莫大なものであったからです。

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 彼はそのバンド活動とソロ活動の両方を通じて、プロ・アマを問わず世界中の多くのミュージシャンやエンジニア、プロデューサー達に多大な影響を与え、またデジタルレコーダーを中心とした音響機器の発展にも革新的な影響を与えました。(と、思います)

  1977年、Steely Dan名義のアルバム”Aja”では、アナログレコーダーを駆使してデジタルと聴き違うほどクオリティの高い録音を行い、シングル曲”Peg”も全米11位とヒットし、アルバム収録の“Deacon Blues”も好評価を受けました。(後年、Deacon Blueという名のbandが出てきたくらいです)

 80年の“Gaucho”では、アナログのドラム音声をサンプリング録音してコンピュータで鳴らす、いわゆるドラムマシン(サンプラー)を初めて使用。これも全世界に衝撃を与えました。

 そして82年に発表したこのソロアルバム”The Nightfly”では、フルデジタルのレコーダーを使用し、音像定位のしっかりとした、よりクリアでタイトな録音手法を確立させました。

 

 ビートルズサイモン&ガーファンクルの時代、レコーダーはモノラルや4トラックが主流だったため、ミュージシャンたちは悪戦苦闘をしながら多重録音(先に2トラックに録音した音を再生しながら別の音声をミックスして、空いている別の2トラックにダビングするピンポン録音)をして、なんとか楽器やコーラスの数を稼いでいました。その結果、先に録音した音は明らかに音質が劣化し、ステレオの左右のチャンネルのそれぞれの音の定位はカオス状態になってしまいました。

 今ではBass音がセンターでドラムがパーツひとつづつ左右に広がって定位しているのが当たり前ですが、当時それは不可能で、ベースとドラムが完全に左右に分かれているレコードもずいぶん存在していました。

 その後テクノロジーの進化により、レコーダーも8トラ→16トラ→24トラと進化して来ましたが、彼(彼ら)の音楽が台頭してきたことにより、音響機器のデジタル化が早まったことは間違いありません。

 

 結果としてDonald Fagen先生(≒ Steely Dan)は、彼(彼ら)以降、世界中の音楽の作り方や「音」そのものを変えてしまったミュージシャンと言ってもいいと思います。

Donald Fagenミュージックの魅力

 皮肉と風刺に富んだ歌詞、8ビートのロックンロールをベースにしながらもJAZZフレーバー溢れる奇妙なコード進行が進み、時にBluesやFunkの要素も見せながら、その上に都会的で洗練されたメロデイと絶妙のアレンジが乗って行きます。そしてそれらを完璧に表現するために集めた、当代一流のゲスト・スタジオ・ミュージシャン達。

  彼らを贅沢にこき使い、ミスのない演奏はもとより、計算しつくされたアレンジの中に、細かいフレーズや超絶技巧のプレイをふんだんに「いい音・いい音色」で盛り込みながら、それらを取りまとめる精密な録音テクニックの結果、決して部分部分が目立つのではなく、あくまでもボーカルをメインに立てる構成でまとめる手腕。まさに極上のPOPSの音空間が展開します。

余談ですが

 このアルバムが発売された当時、私はオーディオ販売店に勤めていました。お客さんにシステムコンポやミニコンポ、単品のアンプやスピーカー等の「音質」を聴かせるための視聴盤(LPやカセットテープ)として、始めの頃はAjaを使っていましたが、これ以降はずっとNightflyに切り替えました

 何故ならばこのレコードが、オーディオ機器の再生能力(ボーカルや楽器の定位・音の立ち上がりや余韻、低域の締まり具合など)を聴き分けるのに、当時一番良い音源だったからです。(クラシックやモダン・ジャズ等は別として)

 おそらく当時、日本中のステレオ売り場で、新製品発表会で、オーディオ・フェア(死語ですね~)で、”IGY”が流れていたことと思います。

おすすめの曲(このアルバムに捨て曲はありません!)

M1 I.G.Y.

 このアルバムは全体が、「1950~60年代のアメリカの地方都市に住んでいた若者の心情」をテーマにしたトータルアルバムとなっていますが、これは1957年の国連「国際地球観測年International Geophysical Year)」を題材にした曲。

 I.G.Y.は、人類初の人口衛星スプートニク号や、バンアレン帯の発見、南極の昭和基地建設など、多くの成果があったプロジェクトとされています。「理想の世界がやってくる」と浮かれることで、実は背後にある漠然とした不安を歌っています。Donald先生のシンセによるハーモニカ音が秀逸。全米26位のヒット。

 M2 Green Flower Street

 「山の手の住宅街で殺人が起きた」と始まる、ミステリー映画の挿入歌のような、薄暗く怪しい焦燥感のある曲。中国人の若い女性との、その後の事件がどうなるのか気になります。

 M4 Maxine

 映画の一場面のようなムードのある曲。間奏でマイケル・ブレッカーが吹くTenor Saxが素晴らしい!

 M5 New Fronteir

 核シェルターの中でのバカ騒ぎを歌う曲(核のボタンは押されていないが)。そう考えると、親の金で調子に乗って騒いでいる若者達に腹が立ってくるのですが、このノリの良いリズムが、だんだんとクセになってしまいます。

 M6 The Nightfly

 ベルツォーニ山の麓にあるという架空の独立系ラジオ局 ”WAJZ” のDJ:レスター・ザ・ナイトフライが歌う、番組のテーマ曲という設定。(ジャケットの写真に写っているのがDonald演ずるレスターです)タイトなリズム、粋なコード進行、ソウルフルな女性コーラス。何度でもヘビーローテーションしたくなる曲です。

 M8 Walk Between The Rain Drops

 マイアミのリゾート地での恋愛を歌う、彼にしては珍しく素直な曲。JAZZYなオルガンのスピード感が心地よい一曲です。JAZZボーカルのメル・トーメがカバーしているとか。

他にお薦めのDonald Fagen先生のアルバム

 彼はソロとして4枚のアルバムを発表しています。サウンドや音楽性についてはほぼ一貫していて大きな変化はなく、アルバムが出るごとに新しい曲がどんどん増えていく・・・という感じです。

 但し聴きようによってはマンネリ化・パターン化した連作とも言えます。

 逆に考えれば、それほどSteely Danとして作ったものや、The Nightflyで確立したものの完成度が高かったとも言えると思うのですが、そういう意味では、以降の作品に新しい驚きはあまり感じられないかもしれません。

 でも演奏と録音は毎回最高ですし、どれも必ず素晴らしい曲があります。敢えてご紹介しましょう。

 1993年 Kamakiriad

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 蒸気で走り、水耕栽培の野菜畑がついているという、架空の近未来の自動車“カマキリ号”に乗った主人公が、大陸を縦断するというストーリーのアルバムです。 

M4 Snowbound

 スローな16ビートのハートウォームなメロディ。バックに流れるブラスのアンサンブルが、雪解け水のように清らかで心地よい感触です。

 

2006年 Morph The Cat(一番のお勧め!)

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 彼曰く、ソロ3部作の完結編とのこと。完成まで2年をかけた58歳の時の作品。モーフ・ザ・キャットとは、巨大な猫の幽霊のようなものがNYに降りてきて、市民に恍惚を与えて行くという話。トータルとして”The Nightfly”にかなり近い、続編と言っていいアルバムです。

 M2 H Gang

 Hギャングという名前の架空のバンドの、誕生から解散までを歌った曲。

 イントロのBass一発と軽いワウのかかったギターソロで、まずやられます。ミュートしたトランペットのJazzyなオブリガードに、(うわ~いいなー)キュンとしてしまいます。ずっと聴いていたい。これも1曲リピート(ヘビーローテーション)必至の曲です。

 Hギャングというのは変わった名前ですが、昔、世界一の名手と言われたセッション・ドラマーのスティーブ・ガッドが、"Gad Gang"というバンドを結成していました。そこから取った名前かなと思います。

 M3 What I Do

 若い頃の彼とレイ・チャールズの亡霊との会話という内容のブルース調の曲。これはThe Nightflyに入っていてもおかしくないと思います。

 M5 The Great Pagoda Of Funn

 恋人たちに人生の厳しい現実が待っていることを仄めかしている曲。ムーディーな雰囲気の中、またもやミュート・トランペットがいい味を出しています。

 

 2012年 Sunken Condos

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 64歳の時に発表した作品。円熟の境地と言うのでしょうか、少しも衰えを感じさせない仕上がりです。(キャッチーな曲は減りましたが)

 M2 I’m Not The Same WithoutYou

 少し速めのシャッフルナンバー。いつものSynth Harmonicaが聴けて”Donald Fagen節”が堪能できる一曲。

Danald Fagen以後の世界

 以上、長々と書いて来ました通り、私は彼の音楽が大好きで、あまり聴いていない方々にはぜひご視聴をお勧めしたいのですが、それと並行して憂いを感じていることがあります。

 

  彼(彼ら)の作った曲や録音技術・手法は、アメリカンPOPSの一つの頂点であり究極と言えるものですが、穿った見方をすれば、「頂上にたどり着いてしまった」とも言えるのではないかと思います。

 その後、Steely Danフォロワーと思しきバンドやアーティストも複数出ていますが、残念ながら先生を超えるものは出てきていません。このカテゴリーの音楽や手法は、この先いくら取り組んでも、その先にはもう廃墟しかないのかも・・・。

  そしてアメリカのポピュラー音楽界が、現在のようにコンピュータ・ミュージックが蔓延してしまった原因の一端が、ここにあるのかもしれません。

 

 例えばドラムマシンやサンプラーは、その後日本のAKAIRolandが開発した製品が世界を席巻し、誰もが手軽に使用できるようになった半面、そのサンプルデータに保存された「プロ・ミュージシャンの音」は、テクノロジーのさらなる進化により、誰でも利用できるものになって行きました。

 しかし、やがてそのサンプルデータとともに、ミュージシャン自身のプレイする「音源」も更新されないまま、古臭いものになって行きました。

  そしてHIP HOP/RAPの流行による、16beatの台頭と8beatの没落。その間、RockやJazzを中心に演奏してきたスタジオ・ミュージシャンやロックバンドは、16beatへの対応をしてこなかった。

 それがミュージシャン本人の首を絞めることになり、今はドラムやベースやギターのようなアナログな楽器までもシンセ音源や電子音にとって代わられ、スタジオ・ミュージシャンという存在自体が不用なもの(少なくとも表舞台から消える)になって来たような気がします。

 

 その流れは、Donald先生の音楽が常人には到底到達できない超高度なレベルで完成することによって、他の追随の余地がないものとなってしまったことが、大きな発端となっていると思います。

 そしてそれとは別に、彼らの「発明」したものが、一般に広まる経過の中でどんどんマイナーコピーされコモデティ化され、音楽家ではない人までも(たとえば私のようなアマチュアに至るまで)が、音楽を作ることが可能になった。

(そもそも "The Nightfly"では、ドラマーが叩いたリズムのデジタル音声を小節単位で切り貼りしループ再生する技術が、既に取り入れられているのです)

 現在のように、クラブDJによるラップバトルといった、はたして「音楽」と言えるかどうかわからないギリギリにまで電子楽器(?)が発展し利用され、その小さな筐体の中で、昔、人間が演奏していた音が、電子化されパターン化されエンドレスにループされている状況は、彼(彼ら)がきっかけで始まったのではないのか・・・。

 

 そう考えると、この作品群は旧時代の音楽の最高到達点であると同時に、それまでの裏方から表舞台に駆り出され華やかなスポットライトを浴び、栄華を誇ったスタジオ・ミュージシャン没落の発端ともなった慰霊碑に近いものなのではないか・・・。

 これもFagen先生一流の「皮肉」なのかも知れません。

 

 そんなことを考え複雑な思いに駆られながら、私は今も彼の素晴らしい作品群を聴き続けているのです。

 

 今回も長文で、ちょっと分かりくかったですかね。おつきあい頂きありがとうございました。

 

ではまた。